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2015.01.16 Friday
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    ナショナル・シアター・ライヴ 「コリオレイナス」

    2014.11.30 Sunday 01:02
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      すっかりご無沙汰してしまっています。
      11月は興味ある舞台が続々上演されていて、どうしてこうも時期が重なるのかと悲鳴を上げております(笑)
      キリが無いので見送ろうと思っていた舞台もTwitterで観劇レポが流れて来るとどうしても観に行きたくなり・・・
      そこへ舞台映像がダダダっと毎週食い込んでくるんですよ(単に後から知っただけw)

      でも観たいという欲求通りに動いてみたんですが、スケジュール的にもお財布的にもキツイですね。
      わたし少し焦っているのかななんて自覚する今日この頃。
      かつて。
      高校でドハマりして進路を間違えたあの頃、やはり貪るように舞台を観ましたが、20数年を経まして堅実に働いて確実に収入を得る進路が一番趣味を謳歌出来る道だったのだなと思い知るワケです。
      遠退いていた時期も観劇は続けていましたが(何しろ好きなので)、確実に好みだと分かっている作品にしか手を出さなかった。
      今年またスイッチが入ったワケですが、空白の期間を埋めよう ← 要するに焦りの原因はコレ。
      徐々にペースを掴んでいきたいものです。



      2014年11月16日(日) 17時10分〜




      こんな形でわたしの手の届かない、本場英国での演劇を、字幕付きで、お手頃価格で観る事が出来るなんて少し前には想像もしなかった。
      このような企画をしてくれるTOHOさんは ネ申 なんじゃないかと思う。

      会場のドンマー・ウェアハウスはロンドンのコヴェント・ガーデンの近くにあり客席数は251席。

      主役マーシアス     =トム・ヒドルストン (今回初めて知った)
      メニーニアス役     =マーク・ゲイティス (SHERLOCKで既に好き)
      宿敵オーフィディアス役 =ハドリー・フレイザー (オペラ座25周年のラウル)

      始まるなり大量の言葉が交わされる。
      字幕を読む事は追いつくものの意味の理解が着いていかない。
      言葉のみではどう解釈すればよいか判断に迷っているウチにどんどん先へ展開していく。

      しかし、次第にその言葉の波が気持ち良くなってくる。
      巧みな表現に感嘆する。
      言葉とはこんなにも沢山の表現方法があったのか。
      美しく流れるように紡がれる言葉の一つ一つが光輝いている(字幕ではあるけど原文の威力なのだろうと思う)。
      これが「シェイクスピア」なのか?
      シェイクスピアは何て見事に言葉を使いこなすのだろう。
      だから400年以上も語り継がれているのか?
      翻訳の幾つかを読んだ事はあれど児童文学書だった。

      しかし「フランケンシュタイン」の時はぜひ文字で読んでみたいと思ったのだが、シェイクスピアの言葉は演劇でこそ生きるんじゃないかと思う。
      どうとも解釈できる台詞に意味を持たせるのは演出や演技の力だから。
      わたしなら文字で読んだ場合この装飾語はどの単語にかかるのかなど余計な事を考えて進まないかもしれない(笑)

      余計なセットなどは無く役者たちのみで世界を造りだしているのだが、小規模な劇場なので空間を余す事無く肉薄した切迫感が伝わって来るのが画面からでも分かる。
      しかしセットは梯子くらいしか無いのに色んなモノが次々降って来るし床や壁に直接ペイントしちゃう。
      舞台ってのは色んな使い方があるもんだね。

      後にコリオレイナスと呼ばれるようになるマーシアスは傷跡生々しく、血糊が頭からダラダラボタボタ。
      床に垂れてるから!
      目に入ってるから!!
      観ていて痛々しく気持ちが悪くなりそうになる。
      そして、まさか舞台上で水が降ってきて血糊を洗い流すとは思わなかったのでショッキング。
      ド迫力の演出だけれど、戦士の痛みや置かれている状況をシンプル且つ的確に表していると思う。




      そして洗い流してみれば、あらあらまあまあ・・・
      お美しいトムヒさんのお顔と澄んだ瞳にドキュンw
      逞しい身体からは精気が立ち昇っている。
      引き締まった太腿にキュっと持ち上がったお尻! ← どこ観てるんじゃwww
      えっとえっと上に挙げた宣伝写真ではこの魅力に気付かなかったです。


       
       

      話は横道に逸れたけど、彼の感情を写す瞳が切なくて後半は吸い寄せられるように感情移入してしまった。

      謙虚さを好むのは日本人のカラーであり海外ではどれだけ自己主張できるかが重要って昔からよく言われるけれど、この「コリオレイナス」という話ではどれだけ勝利を導いた英雄でも謙虚さが無いと平和な世になれば民衆に嫌われ追放されてしまうという様が描かれている。
      先ほどの気持ち悪くなるほどの血みどろのシーンがここでマーシアスに肩入れする要素になってくる。
      本当はもっと憎ったらしい方が説得力があるのだろうけど、トムヒさんは時折見せる表情が優しいからか憎めなかった。
      マーシアスに肩入れしているものだから、平和ボケした民衆を憎く感じる。



      さて。
      オペラ座の怪人25周年記念公演でラウル役のハドリーをここで観られるとは思っていなかった。
      これまた味のある憎めない敵役を演じている。
      マーシアスの凄さを本当の意味で分かっているのは敵であるオーフィディアスだったんだなぁと感動してしまう。
      この時代の戦争は接近戦がメインだから闘う事自体がコミュニケーションに成り得るのかな。
      あれだけ尽くした味方に後ろ指差されて追放された後なので、オーフィディアスがマーシアスを認めて引き入れたところはホロっときてしまった。
      衝撃のキスまである!


       




      さてさてメニーニアス役のマーク・ゲイティス氏にも少しだけ触れておこう。
      理解者であったはずなのに足蹴にされて可哀想だった。
      しかし本人はマーシアスを守れなかったのだから敵と思われてもしょうがないと潔い。
      なのに何故か腹黒さをどこかに感じてしまい、裏があるのでは?と勘ぐってしまった(笑)
      やっぱりマイクロフトのイメージなのかなぁ(^-^;








      古代ローマの女性の立ち位置は基本的には低かったと言うが、この話しに於いて妻やとりわけ母はマーシアスにとって非常に重要な存在として登場する。
      傍若無人な設定になっているのに彼女らを下に見たりはせずに尊重して扱っているように見えた。
      あれだけ頑なだったマーシアスが心を動かされる。
      この展開はこの話にして2回目にホロっときてしまう処だった。
      こういう何回もどんでん返しがくる展開もシェイクスピアの魅力なのだろうか。


      妻は言葉少ないが何回も熱いキスをする。
      情熱的なキス。
      見ているこちらの身体の芯が熱くなった。











       

      ナショナル・シアター・ライヴ 「フランケンシュタイン」 Bキャスト

      2014.11.10 Monday 02:04
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        先週に引き続き観て来ました〜☆
        今回はBバージョンです。
        Aバージョンは前回こちらにまとめました。

        今回は前回の感想に付け足す感じでまとめたつもりです。


        2014年11月9日(日) 18:45〜

        ヴィクター・フランケンシュタイン博士:ジョニー・リー・ミラー
        クリーチャー(被造物):ベネディクト・カンバーバッチ

        まず舞台設定がイギリスになる時に出て来る蒸気機関車の改造版みたいなものは、産業革命の機運を表しているのかなと思っていたので確認のため調べてみるとメアリー・シェリーによる出版が1818年で、産業革命は1760年〜1830年とあるので、これはそう考えていいのかなと思う。

        クリーチャーが地動説を「当たり前だ」と言い観客の笑いを誘うシーンについても調べてみた。
        古くはルネサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチやプラトンが「地球は動いている」と考えていたようだが、学説としてはコペルニクスが迫害を恐れ死の直前の1543年に著書で最初に検証し、ガリレオは地動説を唱えたために迫害を受けたまま1642年に亡くなり、やっとローマ教皇庁が1992年に地動説を承認したのだから確かに最新鋭の科学的思考を持った怪物・・・と考えると笑える。

        Wikipediaのフランケンシュタインについて眺めていたら興味深い箇所があった。

        フランケンシュタイン・コンプレックス
        創造主(キリスト教の“神”)に成り代わって人造人間やロボットといった被造物(=生命)を創造することへのあこがれと、さらにはその被造物によって創造主である人間が滅ぼされるのではないかという恐れが入り混じった複雑な感情・心理のこと。

        そしてそこからロボット工学三原則が生まれたそうだ → 人間への安全性、命令への服従、自己防衛を目的とする3つの原則。
        じゃあ「ターミネーター」などの着想の元になっているのはこの「フランケンシュタイン」だったりするのね〜なんて考えると面白い。


        無数の裸電球に関して。
        よくよく注意して見ると女性体を造ろうと決意を固めるヴィクター博士の上でも光っているので、興奮や閃きのようなモノにも反応していて、そしてやっぱり神の怒りはぼんやりと感じる。
        それはわたしの中のどこかに生命を操る事への不安があるからかもしれない。

        そういえば冒頭で監督が「科学の視点から見た創造主と人間、自然、愛について表現したかった」と教えてくれていた。(ちょっとウロ覚えで自信無い…間違っていないかな?)

        ヴィクター博士は試すように「愛とは何か」をクリーチャーに問いただすが、クリーチャーは迷うことなく自分の中の愛について語っていた。
        ずっと模倣を繰り返し、見た事体験した事を中心に成長したクリーチャーがいつ愛を知ったのかについて、今回分かった。彼は盲目の老教授の息子のお嫁さんに恋していたんだね。そうか。だからこっそり畑仕事や雑事も手伝ったし、拒絶された時の哀しみが絶大だったんだ。

        盲目の老教授の台詞で前回押さえそびれた印象深い台詞、今回は覚えておいた。
        「お前にも愛される権利がある。いつか愛する者が現れるだろう。」
        なんて素敵な人なんだろう。
        ああ、なんとか殺さずに仲を修復する手立てはなかったのか・・・

        そしてジュネーヴで博士と再会した時の押さえそびれた箇所は、上述の「フランケンシュタイン・コンプレックス」「ロボット工学三原則」を背負ったやり取りだったようだ。
        自分で造っておいて何様?って思うけど、暴走したロボットと考えると支配下に置いておかねばならないような気もするし・・・クリーチャーを自尊心のある人と思うか暴走した怪物と思うかで変わって来るところかもしれない。

        北極点問題もヒントになる事を言ってくれていたのに気付く。
        磁石の科学を解明するためにクリーチャーが北極点を目指していて、それを追う博士は途中で犬に死なれたりして瀕死状態・・・ってカンジなのかな?

        2回目を観て一番切ないと思ったのは、クリーチャーには名前が無いということ。
        名前を与えられるという事は、命を与えられるという事と同義だと思うので、これは本当に切ない。
        博士には母性も父性も無かったのかなぁ・・・



        役者さんの感想です。

        ジョニーのクリーチャーは赤ちゃんのように可愛かった。
        情動に突き動かされて動いているように見えるので、精神的にも未成熟で発達段階であるように見えた。
        特にエリザベスに対しては性欲の衝動があったような。← このけもの!

        バッチさんのクリーチャーはもう少し理性的に見えた。
        知的好奇心旺盛で純粋に学びたがっているように見えた。その分けもの度が低いというか(笑)
        エリザベスに対して本当に申し訳なさそうだった。← だったら止めて欲しかったw

        ジョニーの博士は本当に「愛」を理解出来ないヤツに見えた。
        何故だろう、彼の方が愛嬌があって物腰柔らかいのに。

        バッチさんの博士はエリザベスに問いただされたり迫られたりする度に動揺が見えて人間らしかった。
        彼自身はSHERLOCK役でのイメージなのかクールな印象があるのに。
        上流階級の装束はぴったりハマる人だよなぁって思う。← 萌え

        どちらも素晴らしい演技をされていて衝撃だった。
        喋り方から身体の動かし方まで研究され尽くしていて、これが役者かと頭が下がる。
        この作品に出合えたことを幸運だったと思う。





         

        ナショナル・シアター・ライヴ 「フランケンシュタイン」 Aキャスト

        2014.11.08 Saturday 00:45
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          観て来ました、ナショナル・シアター・ライヴ「フランケンシュタイン」!

          これを知ったのはホンの偶然、Twitterのタイムラインを眺めていた時でした。
          なんと言うか私なんかよりずっとずっと情報通な方が情報流して下さるんですよね、有難いことに。
          「SHERLOCK」でカンバーバッチさんのファンでしたから飛びつきましたですよ。
          以前「ハムレット」を来夏やるという情報GETした時には、そんな先の予定分からないし、そもそも英語出来ないのにストレートプレイなんて・・・という及び腰でした。(ミュージカルならまだ、歌やダンスで楽しめるでしょ)
          ですが。
          今回は日本ですし、各地映画館上映ですし、字幕ありなんですよー!!
          こんなラッキーな事ってありますか?
          しかも、私が知らなかっただけで今回はアンコール上映だったみたいです。

          さて。
          バッチさんが出ているという理由だけで飛びついたワケですが、物凄く濃い内容で考えさせられる作品でした。
          観た日の帰り道からずっとぐるぐる脳内を思考が駆け巡ります。
          観たと仰っている色んな方のブログにもお邪魔させていただきました。
          そんな風に誰かと語りたくなるような作品でした。
          今週末にまた役交替Verを観に行くので、きっとまた新たな疑問や印象の違いが出て来るだろうと思いますが、ひとまずファーストインパクトを綴ってみようかと思います。


          2014年11月2日(日) 14:10〜

          ヴィクター・フランケンシュタイン博士:ベネディクト・カンバーバッチ
          クリーチャー(被造物):ジョニー・リー・ミラー

          この作品思い起こしてみれば児童文学書で読んだ事があり、フランケンシュタインとは今やキャラとなった怪物ではなく、造り出した博士の方の名前である事、怪物が伴侶を求めるようになる事は知っていた。
          ちなみに異形の者を描く作品として私は「エレファントマン」「オペラ座の怪人」「ノートルダムの鐘」が思い浮かぶ。
          どの作品も醜い外見に苦しみ、悲哀に満ち、本来純粋な心を持っているというのが鉄板である。

          最初のシーン。
          温かい子宮のようなところから、それは生まれた。
          生命が宿る瞬間にはビッグ・バンのような物凄いエネルギーが漲るのだろうか。
          自由にならない肉体にもがく。
          このシーンは圧巻で瞬く間に引き込まれるし、役者にとっては見せ場なのだろう。
          腰巻のみの身体・・・役者の伸びやかな四肢や美しい筋肉を備えた肉体に目を奪われる。
          少しづつ回線が繋がっていくのか、徐々に立ち上がろうとしている。
          人は生まれたら立ち上がろうとする。それは本能なのか。

          要所要所で天井の無数の裸電球がボウっと灯る。
          わたしには初め雷のようにも見えたので、神の怒りに触れた気配か奇跡が起きる時の予感のようなものを感じる。
          しかし他の方の感想など見るうち確かに神経回路のシナプスが繋がっていく様を表しているのかもしれないと思った。それは前述のイメージとイコール(=)で考えても良さそうな感じ。

          一通りシーンが終わる頃ヴィクター博士が出て来て造り出した物の醜さに驚いて逃げる。
          ここがまず第一の疑問。
          造り出したはずの人間は先ほどのシーンには立ち会っていないのだ。
          それは、たとえ顕微授精を人の手でやったとしても、細胞分裂は細胞自身がするしかないし「造る」といっても道筋をつけるところまでしか着手出来ないという事と同じなのだろうか。
          どんな個体も何かから発生するが、うまれてからは命はその個体に委ねられるという事の暗示なのだろうか。

          あまりに醜悪な容貌であるためクリチャーは人々から蔑まれる。
          しかし世知辛さをここで学んではいるものの、まず先に立つのは空腹を満たすという事。
          そして空腹が満たされた後にはこの世の美しさを体感する。
          赤ん坊もそうかもしれない。
          そうか。
          なんの障害も無ければ生まれた事は慶びであり、それはこの世の美しさと並ぶものなのかもしれない。
          「いのち」そのものが美しいのかもしれない。
          ここでは舞台に雨が降り、光が差し込み、緑が生き生きとする様が舞台に再現される。
          このことに泣けた。感動である。

          この雨に始まり、雪が降り、火の粉が散り、火柱が上がる。
          舞台でここまで再現可能なのかと驚き、空間の使い方も工夫が凝らされていて見応えがあった。

          まだこの段階では野生の獣でしかないクリーチャーだったが、ある農家に迷い込み盲目の老人から3年に渡り知識を得る。
          何も分からないクリーチャーに文字と言葉を教え、人になっていく過程。
          かつて教授だったというその老人の見識の深さにしびれ、和む。
          老人はあたたかく、私は作品中大好きなシーンであった。
          実は引っ掛かりのある会話が次々なされるのだが、いかんせん記憶力の問題で思い出せない。
          もう一度観るので注意しておきたいところ。
          そしてまた、文字で追ってみたい箇所でもある。

          そんなほっこりした時間も終わる。
          それまで生まれたてのピュアなクリーチャーに気持ちが寄っていたが、恩人である老人の家を燃やした時に最初の戦慄を覚える。
          確かに人間は彼を蔑んだり理解しなかったけど。。。
          子どもが持つ純粋さには残忍さのようなものを包み隠さない部分も内包していると思うのだが、クリーチャーもそうなのだろうか。
          切ない。

          続いてジュネーヴでヴィクター博士との再会。
          ここでも博士の弟を殺してしまうクリーチャー。もう止めて欲しい。
          そしてまた興味深い会話がなされるが、次回ここも要チェック。
          ただし印象に残る部分としては、博士がクリーチャーに「お前は奴隷なのだ」と言い放った部分。
          生まれながらにして奴隷だなんてあるか。
          ちゃんと心が、自尊心があるのに。
          それならば何故放置した。
          使いこなさねば主人とは言えないだろう。
          作品・・・それも人知を超えた最高傑作だったのでは無いわけ?
          などと悶々としているうちにヴィクター博士もそう思い出したようで(笑)態度が変わってくる。

          確かにもう存在しているのだから、仲間も無く誰にも理解されないまま独りは酷い。
          伴侶を求めるのは自然な流れだと思う。
          博士よりずっとクリーチャーのが触れ合いを求めているし、人の心に近いように感じる。
          そして、一度可能にしたのなら、再生産も可能なんだろう。
          でも。
          またしても生まれてくる彼女に選択肢が無いだろうと思う。
          最初から伴侶になる運命のために造り出される彼女の想いは?
          博士がちゃんと彼女に拒否された場合どうするかなど聞くやり取りがあったが、クリーチャーが女を意思のある存在として認めておらず、所有物のような概念で押し問答しているのがモヤモヤした。
          博士は人を愛さなくても尊重する事は知っているのだろうか。

          博士はまたしても欲望に負け禁忌の研究に着手してしまう。
          このあたり研究者なのだなと妙に納得してしまう。
          知的好奇心に勝てずに易々と人の倫理の壁を乗り越えてしまう。
          しかし婚約者エリザベスの言葉にわたしが愕然とする。
          「新しい命を造り出したいならもっと早く夫婦になれば良かったのよ」

          人は奇跡を起こすことが出来たんだよ。
          すっかり忘れていた。
          それでいいんだよ。
          こんな歪で孤独な個体をわざわざ造り出さなくても、出来たのに。
          ねぇ博士、そう言われてどう思ったのよ、と問い正したい(笑)

          遂に新しい女性体が完成しそうなのだが、わぁい、またもや腰巻のみの美しい裸体♪
          胸を隠しもせず登場するのね。さすが。
          これだけ美しかったら彼女はクリーチャーのように人から蔑まれずに、どこへでも行ってしまわないのかしらとわたしが不安になる。
          ここでも彼女を愛せると言うクリーチャーにあなたはいつの間にかちゃんと愛を知っていたのね、とも思うし、そんな所有物のような愛はごめんだとも思う。
          あなたは良くても彼女は?

          しかし博士はこれに命は吹き込まずに破壊。
          最後のギリギリの判断は正しいような気がする。
          ねぇ死体から造り出された彼らに生殖能力まであるの?
          そう言えば醜い割に強靭な肉体だった。長距離を徒歩移動するし寒さも堪えない。
          生まれてくる子どもは醜いの?
          そもそも遺体の元の持ち主の魂は成仏して肉体から切り離されているの?
          生きていた頃の記憶が甦ったという様な描写は無かった。
          西洋では日本人みたいに御遺体そのものに思い入れはないからなの?

          彼女を破壊されたクリーチャーは「嘘をつくこと」を覚え復讐にやって来る。
          婚約者エリザベスはクリーチャーを尊重し対等に扱ったのに、犯され殺される。
          行き場の無い憤り。
          大体ヴィクター博士からして女に研究内容なんて分かるワケ無いって態度だったし。
          彼女は教養深く無いかもしれないけど、真心があるし真実を見ているよ。
          ああなんだって被造物の怒りや哀しみをぶつけられるのが女性じゃなきゃいけないんだ。

          そしてまた別の不安を感じる。
          まさか婚約者のエリザベスが被造物の子を身籠ってしまったりしないだろうね。
          しかしあっさりと彼女は亡くなる。
          ここでの死は情けだったのだろうか。。。

          ラストいきなり北極点に向かう博士とクリーチャー。
          面食らう。
          え・・・と何故そんな場所まで来ちゃったの?
          北極に用事なんてあったっけ?
          「地球の頂点を目指していたからじゃないか」と仰る方がいました。
          Wikipediaによると、原作では北極探検隊が行き倒れたヴィクター博士を見付けたところから話が始まっているとある。

          息絶えたかと思われる創造主である博士に泣きつく被造物。
          これまで造った者と造られた者という関係で繋がっていたものね。
          愛されずに誕生させられた者。
          そう、彼女なんかよりも造り出した創造主が愛すべきだったのだ。
          神に愛を乞う人間がクリーチャーなのだろうか?
          創造主が息絶えるなら共に・・・消えようとは思わないらしく、生き抜くと宣言する被造物。
          これが主題なのだろうか。
          いのちは生まれた以上生きるもの、という事なのだろうか?
          それは、「生まれたくて生まれたわけじゃない」と言うよりシンプルだ。
          監督の死生観なのだろうか。
          けっきょく博士もクリーチャーも死なず、舞台の奥に向かい、どこまでも追っていくというラスト。
          力強いと思ったし、後味が悪いモノでは無かった。











           

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